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1,200キロ移動する、物作りの話

10年前、8万円の100%裏起毛カシミアのジップアップパーカーを日本で作らせてもらった。100%裏起毛のカシミアを作るのは不可能だと言われていて、世界中で1カ所だけ作れる日本の紡績工場でサンプル生地を作りました。1日13メーターしか作れないそうです。あるバイヤーから『そんなの売れるわけない』と怒られた思い出もあります。残念ながら1枚も売れなかったけど、当時話題になった紹介制の高級会員制サロン『セリックス』だけ興味を持ってくれた。

その3年後、日本生産からアメリカ生産にシフトチェンジした。

 

『雑』がトレードマークのアメリカ生産でちょいハイクオリティの生地作りの挑戦が2年前に始まった。ノースキャロライナ紡績会社と何度も打ち合わせした。結果、軽く暖かい上に、着脱時や体の動きに圧迫をかけない柔らかな、裏起毛のマイクロモダールとピマコットン混紡生地を作る事にした。1度目、出来上がったサンプル生地を洗うと30%以上縮み、3度も作り直した。この繰り返しで、去年の販売シーズンを見逃した。最終的に縮みが7%~8%になりました。

次の問題は最低注文量が2,000メーターから。バカやろー(笑)

 そして何処で製品染めするか?

 現場主義なのでNY、ペンシルバニアニュージャージーの染物屋に足を運んだ。

 

1932年に創業されたニュージャージーの染物屋でお願いする事にした。

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2代目社長夫人が出迎えてくれた。中国やアジア諸国で洋服が安く作られるようになり、アメリカ染物屋は次々に閉鎖されたそうです。80年後半はカルバン・クラインラルフ・ローレンの染の仕事が多かったそうです。先代はハンガレー人で母国で染の勉強をしてアメリカに移民して来た。第二次世界大戦時アメリカ軍のウール素材の軍服の染で工場が本格的に動き始めたそうです。

 
 
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こいつが ⬆️

 

肌触り◎。物本の水牛ボタン使用。ノースキャロライナ産のマイクロモダール・ピマコットン生地。縫製はペンシルバニアそして染がニュージャージーと言う 1,200キロ移動する、物作りの話でした。

 

では良い1日をお過ごし下さい。

 
Salute
 
Kirk

 

www.expansionny.com